サンゴ礁の夢の時間 第1回

サンゴ礁の夢の時間 第1回

はじめに
1.「コーラル文化圏」
文:喜山荘一 写真:仲程長治

サンゴ礁は、なぜこうもわたしの心を捉えて離さないのでしょう。それは単に、美しい海というだけではありません。「海の畑」と言われるように海の幸を届けてくれるというだけでもありません。それは「美しい海」という以上の何か、「海の畑」以上の何かなのですが、それをひとことで言おうとすると言葉は追いついてくれないのです。

ただ、「サンゴ礁」と口にするだけで、それがまるで夢幻の世界への合図であるかのように、もういささかこの世ならざるところへ赴くような心持ちになってしまうことだけはたしかです。

そうなるのはわたしばかりではありません。生まれ島である徳之島を掘り続けた民俗研究家の松山光秀は、初めて宮古や八重山の先島を巡ったとき、先々で出会うサンゴ礁に心惹かれます。松山はそのとき、「あたかも徳之島から陸伝いに歩いて来たような錯覚にとらわれて、しばし我を忘れて」しまうのでした。

“あれは私にとっては、まことに不思議な体験であった。その日以来、さんご礁の海の干瀬は、私の頭の中に重たくのしかかってくるようになるのである。さんご礁の海の干瀬とはいったいなんであろうかと。このように思いをめぐらしていくうちに、私は、私たちがかねて琉球文化圏と呼んでいるこの奄美と沖縄地域の島々が、まぎれもなくさんご礁の干瀬を共有し、自然的条件のうえにおいてもほとんど共通していることに気づかされたのである。ここで私は、文化を育む基盤は大自然のもたらす条件や恩恵と深くかかわっているという想念にたどりつき、いつの間にか「コーラル文化圏」という言菓を頭の中で造り出したのである。”(『徳之島の民俗2』)

徳之島から陸づたいに先島の干瀬まで歩いてきた感覚に襲われて以降、松山には琉球弧がサンゴ礁に囲まれたひとつの島のように浮かび上がってきました。「とりつかれて」しまった松山は、琉球弧を「コーラル文化圏」としてとらえてみると、次々にイメージが湧いてくるのを押さえることができなくなります。そして、高ぶる気持を鎮めるように、海辺の構造を三層でとらえ、それぞれの性格と色を表わそうとしました。

 沖(ウキ)  神聖と畏敬 コバルトブルー
 干瀬(ヒシ) 豊穣と感謝 ブラウン
 砂浜(ハマ) 清浄と厳粛 ホワイト

松山は、たとえばサンゴ礁の外に広がる海を「沖」と呼び、「沖」は「神聖」で「畏敬」の念を抱かせる場であり、色は「コバルトブルー」で象徴させることができると考えました。「砂浜」から「干瀬」、「沖」への流れでみれば、その性格は「豊穣と感謝」、「清浄と厳粛」「神聖と畏敬」と言うのですから、島の生活に根差した思いが重く伝わってきます。この三層の属性では「美」は色で捉えられ、「海の幸」やそれ以上の何かは「清浄」、「神聖」などの言葉に込められています。これを見ると、松山には掘り下げるべき民俗がまだ目の前に豊富にあったことが羨ましくなりますね。

けれど、わたしがここで探究したいのは、サンゴ礁の「美+α」の「α」について、松山の実感を20世紀のものとして位置づけ、今のわたしたちには見えなくなってしまったことを見つけるために、島人がサンゴ礁にもっとも深くかかわった段階まで遡って、その世界を捉えることにあります。

それから、松山の見つめた徳之島のサンゴ礁は「干瀬」が発達していました。より南の琉球弧の島人なら、ここは島でイノーと呼ばれる「礁池」にして、色もエメラルドグリーンと言いたくなるところでしょう。また、集落(シマ)によっては、干瀬を形成しないサンゴ礁もありますし、マングローブも包括して捉えたい誘惑にもかられます。それでも、「サンゴ礁」を介することで、海辺が三層の構造を持つということは、基本的な骨格として受け取ることができます。

松山には夢がありました。その核心にあるのは、サンゴ礁が培った「基層文化」の持つ「人や文化の暖かさ」を探究し、それを共有する島々との交流を通じた「コーラル文化圏」を立ち上げることです。ただ残念なことに、松山光秀はその後多くの「コーラル文化」論を展開することなく、「この世」の人ではなくなってしまいました。

しかし、わたしもまたサンゴ礁に囚われた者としてはもうひとりの松山にちがいありません。そういう者として、「コーラル文化」を浮かび上がらせようと試みたのが「サンゴ礁の夢の時間」です。

2016年は琉球弧のサンゴ礁がふたたび白化をこうむるというショッキングな年でした。これからも研究者や有志たちがサンゴ礁の回復に力を尽くしてくれることを願ってやみませんが、復元すべきものは、サンゴ礁のそばで花開いた島人の野生の思考もあることを、これからお伝えしていきます。

(*「サンゴ礁の夢の時間」は、『珊瑚礁の思考』の続編として書かれます。)

参考文献:
松山光秀『徳之島の民俗2 コーラルの海のめぐみ』

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