UCHINA SHOWMAN -笑う島- FILE.4 内間 政成

UCHINA SHOWMAN -笑う島- FILE.4 内間 政成

FILE.4 内間 政成

(スリムクラブ)

「芸人」 というクリエイターの「個」を見つめ、沖縄の「笑い」の原点を探るインタビュー

文=饒波貴子

写真=仲程長治

人柄そのものの穏やかな空気に包まれている、内間政成。笑顔に触れると平和で優しい心が伝わる。でも会話を続けるうちに、のぞき見えるのは芯の強さ。優しさと強さの絶妙なバランス、独特の存在感。真栄田賢に寄り添い寄り添われるのは、内間政成しかいない。

―― 最初のお笑い体験を教えてください。

15歳になるまで、僕はテレビを見ていません。親が厳しくて、見ることができなかったんです。というのも僕の視力が低下して、医者にテレビを禁止されていたんですよ。心配性のおふくろは俺の目が一気に悪くなると妄想し、テレビのコードをハサミで切っちゃったんですね(笑)。なので家族全員、テレビを見られなくなりました。

15歳になって初めてまともにテレビを見て…夢中になったのがダウンタウンさん! 刺激的でしたね。それからは友達からDVDを借りたり、情報集めて見まくりました。東京の友達に、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」やガレッジセールさんの番組を録画して送ってもらったりもして。テレビを見る前は友達と外で遊んだり1人で野球盤やったり、派手に遊んだ記憶はありません。テレビ、そしてダウンタウンさんが僕を変えたんです。ダウンタウン信者といえる友達が周りにいっぱいいて、毎日みんなでテレビの感想言い合ってましたね。

―― お笑いに興味を持ち、厳しいご両親に怒られましたか?

いい大学に入って公務員になるべきという安定志向でしたから、がんじがらめの毎日でしたよ(笑)。子どもの頃はプロ野球選手なりたくて中学校の野球部に仮入部したんですけど、グローブが見つかり禁止。当時野球部にはヤンキーが多かったんです(笑)。おふくろが特に厳しくて、反抗らしきこともしたんですけど通用せず、面倒になってふわふわ生きてましたね。大学に行かないと親と面と向かってしゃべれないと思い、二浪して琉球大学の二部に行きました。

これで親は納得すると思っていましたが何も変わらなかったので、「興味のあることにチャレンジしよう」という意思が芽生えたんです。親に内緒で、沖縄のお笑い事務所オリジン・コーポレーションのオーディションを受けに行きました。お笑いをやってみたい、という思いが自分の中にあったんですよね。

実はオーディションのことを教えてくれたのが、真栄田さん。草野球の対戦チームにいた真栄田さんは、すでにオリジンに入っていたんです。沖縄のお笑い界の情報が分からなかったので、いろいろ教えてもらい「めっちゃ楽しいよ」という真栄田さんの言葉を信じて、オーディションを受けました。大学4年生になった頃です。

―― 真栄田さんとの縁の始まりですね。オーディション結果は?

オリジン芸人になれました。稽古してライブに出させてもらったり、1年半くらいお世話になりました。でも偏屈な性格でプライド高くて、芸人として成長できないタイプでしたよ。すべっても認めず反省会も行かないし、強がりな頑固者。当時はピン芸人で、他のコンビの突っ込みさんに助っ人になってもらったり、ユニットっぽいこともやっていました。最初のうちは家族に内緒でしたが、自分のやりたいことを初めてやっていると、やりがいを感じましたね。自分で行動していると実感したんです。

そしてある日、東京に行こうと決めたんですよ。オリジンで全然ダメだったので、東京でもやっぱりダメならお笑いを辞めようと考えたんです。全国レベルを知りたかった訳ですよ。

東京行きを決めた後、オリジン定期ライブに初めて親を呼びました。「俺お笑いやってます」と告白し、東京行きを計画していると話しました。母はビックリしていましたが、何かやっているなと気付いていたようです。ライブ見てかなりショックを受けた両親でしたが、一生懸命な俺を見て上京を許してくれました。1年間だけという期限付きでしたけどね。

―― ご両親に認めてもらえ、本当に良かったです!

そうですね。本能に流されたままだと、人間として終わってしまう感覚になったんですよ。親が希望する公務員にはなれないし、両親も結局やりたいことをやるのが1番いいと思っていたはずなんです。心配性過ぎて、厳しくなってしまっていたんですね。今は仕事を辞めろとはさすがに言いませんが、安定性や健康面に気をつけろと心配でしょうね。

―― 内間さんから見た真栄田さんって、どんな人ですか?

エネルギッシュで前向き。でもいろんなことを気にする、繊細さを持っています。昔から感性が豊かで敏感なんですよね。

「コンビを組もう」と持ちかけたのは僕です。オリジン時代は少し絡んだ程度でしたが上京して2年経った頃、「東京に行きたい」と真栄田さんに相談されたんです。僕は東京のよしもと養成所に通っていたので、コンビになれば真栄田さんも自動的によしもと所属になるんじゃないかと思い、養成所の偉い方に話したんですよ。

当然のようにダメだと言われましたが(笑)、真栄田さんが熱意を伝え特別に活動できるようになりました。養成所に行っていない真栄田さんがよしもとを名乗れるのは、めったにないケースなはずですよ。

―― 真栄田さんからは、どんな影響を受けていますか?

視野を広げて自由に考えることを教わりました。幼少時代から抑圧されていた俺を変えてくれたんです。制限をかけるクセを指摘され、自由にするとやりやすいんだと気付きましたね。やりづらい中続けてしまうと、誰のためにやっているのか分からなくなりますよね。

真栄田さんに言われて素直に聞いていますが、頑固な面があり理解していない部分も多いです。10数年ずっとそうなので、ガラッと変化した訳ではなく少しずつ変わってきたかなと思っています。

―― では内間さんが、真栄田さんに与えている影響は?

そんなにないですが…相方は人の目や評価を気にして、いろいろ悩むんですよ。そんな時はすべて話してくれるので、話し相手になることがいいのかなって思っています。聞いて違うと思えば意見を言いますし、悩み相談を2人でし合っているのかもしれません。

―― 朝起きて真栄田さんに変身していたら…どうしますか(笑)!?

戸惑いますよ~。嬉しくないし、“真栄田賢”を使いこなす自信がありません(笑)。タイプが間逆だと思っていますからね。エネルギーがあふれ出る相方に対して、エネルギーが弱い僕。対比している部分がありますよね。

でも似ている所もあって、例えば人の目を気にする所。相方は批判されると違うだろうってガンガンに怒りが出ますが、僕は抑え込む。反発の仕方は違いますが悩むのは一緒なので、そこが共通していますね。

―― お笑いやってて良かったこと、悪かったことを教えてください。

良かったことは、お客さんが喜んでくれること。ウケると幸せな気持ちになります。本気で笑う人はわかりますし、男性の太い笑い声が聞こえた時は特にうれしくて「やったぞ!」って思います。基本的に若い女性にはウケが悪いので笑ってもらえたら喜びますし、おっさんが笑うとよりうれしい(笑)。

「おきなわ新喜劇」で毎週のように沖縄に帰っていますが、沖縄花月は客席との距離が近くてみなさんと交流している気持ちです。舞台から降りて客席に行ったりしますし、身近に感じますよね。ステージに立つ時は一方的になりがちなので、お客さんの様子をうかがいながらおしゃべりするような意識を持っています。お客さんとできる限り交流したいんです。

―― プライベートの内間さんのことも知りたいので、好きな物・集めている物を教えてください。

好きな物は骨周りの肉! 特に軟骨部分がめちゃくちゃ好きなんですよ。スペアリブとか、軟骨がついているやつ。豚でも牛でも鶏でも、コリコリした食感が好きです。ソーキの軟骨は嫁さんがたまに作ってくれますよ。

集めているのは娘の写真。ケータイで撮って娘の写真だけは、消さずに増え続けています。今年はお正月休みに久しぶりに嫁さんと娘と実家に行き、ホテルに泊まって沖縄でゆっくりできたので、いい一年になると実感しましたよ。

―― 内間さんにとって、沖縄はどんな場所?

人格を形成した場所。良くも悪いも、沖縄という環境にいたから今の僕がいるんです。沖縄に感謝する面があり、また何か違うなと自分を振り返る場所でもあります。26歳で東京に行ったので、俺の基礎になるすべてがつまっているのが沖縄です。

―― では内間さんにとって、スリムクラブとは何ですか?

人間らしさを実感するためのシンプルなチーム、だと思っています。生きて行く中でしがらみや知識など、いろいろありますよね。常識を意識してしまうと、気持ちとは裏腹に行動しなければならないこともたくさんあるでしょう!? 本当にやりたいことを自分はできているのかなって、どんどん考えてしまったんですよ。

お笑いは、笑わせたい気持ちと笑いたい気持ちが純粋にかみ合うのが理想形だと思っているんですね。でもこんな風に笑わそうと計算していく内に、本筋からズレてしまうことがいっぱいあります。そのズレを無くしネタを通して生き方を見直したいですし、最短距離で素直に生きていくのが相方と僕なんです。多くの人を巻き込んでいきたいので、“クラブ”にしました。

―― 最後に「笑いを作るクリエイター」として、思いを語っていただけますか。

芸人それぞれの開放が笑いだと思っています。同じことを伝えるにもみんな方法が違いますし、気持ちを開放できないと、笑いは伝わらないと思うんです。他人と似た表現ではなく、自分で考えて本当の自分を出していかなければ、人と人とのつながりは生まれない。

難しいことですが、お笑いは雰囲気も言葉もお客さんに伝わる大切な要素。混じりっ気があれば違和感が生まれてしまうんですよね。なので、自分自身を開放することが必要。個々を開放することが笑いを作る、僕はそう思っています。

2017.1.8 収録

取材協力=よしもと沖縄花月

※2017年 8月10日(木)、「よしもと沖縄花月」リニューアルオープン!
お笑い公演はもちろん、地元パフォーマーやアーティストとのコラボレーション企画を開催する劇場として365日=毎日オープンします。場所は那覇市泊港の「とまりんアネックスビル2F」で、内間さん出演の「おきなわ新喜劇」開催予定もあり。
詳細は公式サイトにてご確認ください。

【よしもと沖縄花月】
www.yoshimoto.co.jp/okinawakagetsu/